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まるで2%(香港のアパレル)傘下のブランドみたいなキャンペーンだな。好像2%旗下的品牌的Campaign! (千駄ヶ谷駅 (Sendagaya Sta.)にて。Instagramで撮影)

まるで2%(香港のアパレル)傘下のブランドみたいなキャンペーンだな。好像2%旗下的品牌的Campaign! (千駄ヶ谷駅 (Sendagaya Sta.)にて。Instagramで撮影)

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2011.3.11 当日何を思ったか。

2011年3月11日、金曜日。

発生当時、私がいたのは、長崎空港でした。

祖父の葬儀のために急遽長崎に帰ることになり、飛行機を降りた直後のことでした。

長崎では揺れを感じることはなかったのですが、ニュースから入ってくる情報、そして東京の友達に電話しても全然つながらないというところから、「これは相当なものだな」と思いました。

奇しくも私の田舎は長崎県の島原半島、ちょうど20年前に雲仙普賢岳の噴火災害にあったところです。そのときは母親の実家のすぐそばまで土石流が迫ってきて、自分が直接被災したわけではないものの、その後の荒れ果てた光景を見てショックを覚えましたが、テレビで見た津波は、あの土石流さえも上回る規模で、どんどん濁流が畑や建物を飲み込んでいて、その壊滅的被害とあまりのスケールの大きさに愕然としました。

20年の時を経て復興を果たした島原の様子を見ながら、今まさに起きている現実に対する自分の無力感を感じつつ、なんとか自分にできる事はないのだろうか?そのようなことを考えながら、葬式を終えて東京に戻ることとなりました。

ここからが、自分にとってのチャレンジというべき1年間の始まりでした。それはまさに、本当の希望をつかむための道のりでした。

(つづく)

わたしは目の見えない者に、彼らの知らない道を歩ませ、彼らの知らない通り道を行かせる。彼らの前でやみを光に、でこぼこの地を平らにする。これらのことをわたしがして、彼らを見捨てない。イザヤ書42章16節 

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この1年をふりかえって… - はじめに

まもなく、東日本大震災から1年が経過します。
この震災が、本当に多くの人にとって、大きな悲しみをもたらしたものであることは間違いありません。

そんな中にあっても、少しでも希望をつかもうとしている人がたくさんいることを見てきました。
その力こそが、まさに復興へのエネルギーになっているということを実感してます。

私自身は直接被災したわけではありませんので、
もちろん、被災地にいる方々と比べるようなレベルの話ではありませんが、
それでも、それなりに大変な目にはあっている、とは言えるかもしれません。

そんな中でも、こうして生かされ、また新たに東北との縁が生まれたこと、
それがその後の自分にとっても、大きなエネルギーになっていったように思います。

この1年間で、自分がどう思ってきたのか、またその中でどう行動してきたのかなどを、
これから少しずつ、聖書箇所を添えて、ありのままに記録していきたいと思っています。
Tumblrで書きますので、拡散いただけるとありがたいです。

その中から、何かちょっとでも希望を掴んでいただけたら幸いです。

あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。コリント人への手紙第一10章13節 

Shuhei YAGI
2012.3.9

写真は、夏に南三陸町に行ったときのものです。この時はまだ水道が回復していなかったので、水を配りに回りました。